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きょうの言葉(4月前半) きょうの言葉は、平日に掲載されます。

*礼儀を乱さず、へりくだりて、我が為には悪しくとも、人の為によき様にすれば、いつも初会の様にて、仲悪しくなることなし。(山本常朝:江戸中期の学者)

親しき仲にも礼儀あり。 礼儀と謙虚な気持ちと思いやりの心を大切にしていれば、人はいつも初めて会った時の様にいられる。 これが人間関係を円滑にするコツである。 しかし、人間は得てして、月日を重ねてくると、ついなれなれしくなってきて、知らず知らずのうちに相手の心を傷つけてしまう。 こうなると、お互い顔を見るのも嫌だという状態になる。 人それぞれ、生まれも、育ちも、性格も違うのだ。 自分が平気だからと言って、相手も平気という道理はない。 そこで必要なのは、この言葉通りの行動である。H29-4-14

*凡そ何事を為すにも、至誠をもって基礎としなければ、成功させることは難しいのである。(波多野鶴吉:明治・大正の実業家)

この後に「たとえ一旦は成功しても、砂上の楼閣のようなものである。」と続く。 どのような人も、一度や二度は、ビギナーズラックという言葉が示しているように、成功する場合があるのは確かだ。 だが結局は、長続きしない。 仕事には誠実さが必要であるからである。 仕事は、自分だけではできないのだ。 一つの仕事が成し遂げられるには、顧客がおり、パートナーや従業員、そして協力会社、アドバイザー等の人達の協力なしには考えられない。 当然、これら人々の相互関係の中には、信頼関係があるからこそ上手く成り立っていることを知るべきである。H29-4-13

*他人の不幸は我が身の幸せ。

誤解しないでもらいたいが、この言葉は、何も他人の不幸を望めと言っているのではない。 多くの人が、この言葉通りに思っていることを知っておいた方が良いと言っているのだ。 とかく人は、自分が幸せの時は、他人を思いやる気持ちを持つが、不幸になってくると、他人の幸せが妬ましく思えるものだ。 苦しい状況の中で、他人を思いやれる人は稀であり、一人でも多くこのような人が増えれば、世の中全体が幸せになる。 先ずは自分が幸せと感ずる状況を作ることだ。 そうなれば、他人を妬むことはない。 この考えが広がれば、他人の不幸を願う不届き者はいなくなるのが道理である。 だが、なかなかに難しい。H29-4-12

*花は盛りに、月は隈なきを見るものかわ。(吉田兼好:徒然草の著者)

花は満開の時だけが美しいのではない。 七部咲き、散り際にもそれぞれ風情があり、また、月も雲一つない満月だけが美しいのではなく、雲に隠れた朧月もまた風情があって美しいものだ。 人間も同じで、何でもパーフェクトな人間だけが素晴らしい訳ではなく、多少欠点があるくらいの人間の方が、人間的魅力があるということを言っている。 人は、とかく完璧を求めたがる。 それもまた必要なことである。 この気持ちが無ければ、人の向上は有り得ない。 だが人間には限界があることも確かだ。 この限界を超えた完璧を求めると、人は精神を病む。 注意すべきことだ。H29-4-11

*君子は日に三転す。

よく朝令暮改を、命令や方針が絶えず改められて、あてにならないこととして、信念が無いとか、場当たり的と、非難の言葉として使われる。 だが、君子はそれを日に三回も変えてしまうと言っている。 松下電器のオーナー松下翁も、朝令暮改ならぬ朝令朝改ということをよくやったという。 松下翁曰く、人間は日々進歩している、私の場合は、一時間後には一時間後なりの進歩をしているので、その進歩の結果として、考えが改まるのは当然のことだと言っているのだ。 友よ、良いと思ったら、固定概念にとらわれず、直ぐにでも変えられる柔軟さを持とうではないか。H29-4-10

*有能な者は行動するが、無能な者は講釈ばかりする。(バーナード・ショー:イギリスの劇作家)

賢い人は、言動ばかりでなく行動も伴う。 いわば、有言実行の人である。 だが、無能な人は、言うばかりで行動に移さない。 一般に言う口舌の徒である。 目の前に木の実があって、いくら拾え拾えと喚いたところで、木の実が自分から転がってくる訳でもなく、結局のところ、自ら拾わなければ、誰かに持って行かれてしまう。 無能な人は、この道理が分からない。 講釈ばかりすることによって、自分の言葉で自分に酔ってしまい、それだけで満足している。 こういう実行力のない人が、成功した例はない。H29-4-7

*人事を尽くして天命を待つ。(西洋の諺)

人は、目的を達成する為には一生懸命努力しなければならない。 だが、一生懸命努力したとはいえ、必ずしも良い結果が出るという訳ではない。 だが、努力をすると、必ずその成果を期待してしまい、心落ち着かなくなるものだ。 そんな時、人間の能力で出来る限りのことをし、事の成否は人知を越えたこととして、静かに天命にまかせ、結果がどう出ても悔いはないという心境を言っている。 それより友よ、自分は、事に当って、自信を持って天命を待てるだけの人事を尽くしたと言い切れるか。 これを問い直すと良い。H29-4-6

*身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。(諺)

物事は我が身を犠牲にする覚悟があって初めて、成し遂げることができるのがほとんどだ。 溺れかけた時、思い切って体を水にゆだねてしまえば、体が浮いて浅瀬に立つこともあるの意から、窮地に陥った時、自分の命を捨てたつもりになって思い切ってやれば、活路を見出すことができるということだ。 だが、どこの国とは言わないが、能力も実力もなく時の権力者になった者は、政治家にしろ、官僚にしろ、企業人にしろ、実に往生際が悪い。 恐らく、権力という甘い蜜にいつまでも浸っていたいのだろう。 だが、上に立つ者こそ、この言葉をかみしめ、出処進退を誤らないようにしたいものだ。H29-4-5

*意気地のない人や、何とかなるさと思って引っ込んでいるような人が、世の中を変えたためしはない。(ユンゲル・
E・シュレンプ:ダイムラー・ベンツの元会長兼CGO)

英断を下せない人や、誰かがやってくれる、どうにかなるさと思って何もしない人が、世の中を変えられる訳がない。所謂このような人は、リーダーシップが無い人であるからだ。 リーダーシップのない人は、自分にとって都合が悪くなると、簡単に前言を翻し、付いてきてくれる人を裏切ることが多い。 本人は裏切ってしまったことすら気がついていない。 これでは誰も着いて付いて行かなくなる。 物事は、多くの人が協力してくれなければ成らない。 協力者がいないリーダーシップのない人に、何程の事が出来ようか。 やはり、自分から積極的に動かないと、新しい道は開かれないのだ。H29-4-4

*他人の利益を図らずして、自らの繁栄は有り得ない。(吉田忠雄:YKK吉田工業創業者)

仕事や利益は常に回っているものであって、これを円滑に行う者が成功者となりうる。 自分の利益ばかり追っていては、世の中は成り立たない。 相手があるからこそ、仕事が回るのであって、お互いに利益が無ければ、回らなくなる。 周りに与えた分だけ、自分に戻ってくるものだ。 だが世の中には、自分だけが儲ければよい、自分だけが成功すれば良いと願っている人が如何に多いことか。 こういう人の所には、自分を富ませてくれるべき人は、決して寄ってはこない。 従って、自らの繁栄は有り得ないのである。 繁栄を得たかったら、先ずは、自他共栄を図るべきである。H29-4-3

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